おはよーとおやすみのあいだ(仮)

気張らないんだ私は

ゆめのないひと

12歳

なんとなく提案された中学受験を、なんとなく、しなかった。

女子高だし、地元じゃないし。なにより

そこに通う自分の姿が想像できなかった。

 

13歳

なんとなく候補に挙がったバドミントン部に入らず、なんとなく、美術部に入った。

運動する時間なんて、ほとんど体育の時間とイコールだったし、

学校は歩いて30分もかかるし、

友達はみんな、美術部に入るっていうし。

なにより、運動部で汗水たらして、なんて自分の姿が想像できなかった。

 

15歳

三者面談の流れで、なんとなく、進学先の高校を決めた。

進学塾に通わせてもらっていたし、成績も悪くなかったはずだし、

担任の先生は「○○高校に行くんだよね?」っていうし。

やっぱり自分の高校生の姿は想像できなかった。

でも、そこに進学すれば何かあるのかもしれないって思った。

 

16歳

高校での部活は、文芸部にした。

本を読むのは好きだったし、自分で書いてみたいとも思っていたし、

相変わらず運動している自分が想像できなかったし。

高校の美術部に所属する自分の姿も想像できなかった。

先輩は男ばっかりだし、部室でゲームしてばかりだし、

隣り合う部活の人とは仲が良くないし。

自分の書いたものを誰かに読んでもらう想像はできなかったけど、

それまでの友達やクラスメイトとは別に、部活での友達ができた。二人。

 

17歳

文理選択では、文系をえらんだ。

理数ができないから。

それから、第一志望校を、少しレベルの高いところにした。

進路希望調査で出した大学より上を目指せるって言われたし、

今からやれば手が届くっていうし。

ひたすら勉強にうちこむ自分が想像できないし、大学に合格しているのも想像できなかったけど、

偏差値の高い方がいいかなって、なんとなく、思った。

なんとなく、部活の部長になった。

お隣の部室にいる人たちと仲良くするようにした。

真面目に小説が書きたくて、部の活動を改めてみた。

後輩は地区大会で入賞を果たした。

 

18歳

入試を受ける大学は、全部で三つ、家から通えるところにした。

一つは第一志望だし、一つは滑り止めだし、一つはどう考えても受かるし、

一人暮らしができるだけの援助は、してもらえないと思ったし。

第一志望の大学に通っている自分の姿は、やっぱり想像できなかった。

成績が思うように伸びていないのを感じたから。

部長の肩書は後輩にわたった。

後輩は、地区大会で賞をもらっていた。

 

19歳

滑り止めだった大学に通うことになった。

小説を書くことはやめた。

ボランティアサークルに入った。

なんとなく、就職で役に立つかなと思ったから。

 

20歳

所属ゼミを選んだ。

なんとなく、社会で役に立ちそうなテーマのゼミにした。

たまたま講演に来た人と、同じような仕事に就きたいと思った。

その仕事が、かっこよかったから。

 

21歳

進路を決めた。母にも、あの仕事に就きたいと伝えた。

「あなたはずっと夢を語らない人だったね、がんばりなさい」

自分がその仕事に就いている想像はできなかった。

それでも、なんとなく、なりたいと思った。かっこよかったから。

 

22歳

もう後戻りはできなくて、もうひと踏ん張りでたどり着けるところに来た。

卒業に必要な単位は全部とりおわっていたし、選考も進んでいたし、

周りは無責任に背中を押すし。

内定をもらう自分の姿は想像できないけれど、内定までのプロセスは何度も想像した。

 

 なんと夢や想像に欠けた10年間を過ごしてきたことか。

何度「なんとなく」で選択肢を切ってきたことか。

想像もつかない自分を選んでいたら、何が違っていたのかもわからない。

夢を語らないのは夢がなかったからだし、今抱いている夢さえ、

「なんとなく」の産物であるような気もしてくる。

年齢を重ねるごとに、「なんとなく」の理由がはっきりして、

それでよかったことになっている。

  何度も思い返した10年を、こうして叩いて眺めてみると

あちらこちらに夢を置いてきたのだなあとも思ったりする。

私立中学への道があって、ロボコンが好きで、

運動部のマネージャーくらいはやってみたくて、

薬剤師がかっこいいと思っていて、一人暮らしもしてみたかった

そんな私を、みーんな、あちらこちらにおいてきたのだった。

 

 

気張らないぞ

はじめまして、さ月(さつき)です。

 

嫌いな言葉は思い立ったが吉日、です。

思い立ってなんでもやってみるのはいいけど長続きしないんですよね。

物事にもよるのですが、このブログというのは特にダメで、作っては消し書いては消しの繰り返し。

MMORPGをやってた時だけは、今ほどTwitterも流行ってなかったし、ゲーム外でのやりとりの場として一生懸命更新してたかなぁ……。

(今調べてみたらTwitterのサービス開始は2008年だそう、流行ってなかったどころか日本ではサービス開始してなかった時代かもしれない)

 

それでも懲りずに今回はてぶろを開設。

当時(いつ?)ははてなより、NINJAとか、Jugemとか、そっちの方がテンプレートも豊富でとっつきやすくてって、使ってたのですが

今はTwitterで引用される多くははてなの記事だし、流れに乗ってみようとかなんとか。

はてなブログといえば某AruFaさんのイメージしかなく、充実した記事を投稿できる人しかいないと思い込んでいました。

 

今回の目標は、気張らない。

張り切ると5日くらいで燃料切れ、あとは低空飛行、なんてなってしまうので、

思いついたときに書けばいいや~の気持ちでやりたいです。

 

思い立ったが吉日、が嫌いなんじゃなくて、思い立つだけの自分が嫌いなんですね、継続って大事だし。